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山中無軌条屋敷
Outrageous mansion in the mountains

  
 第8話 トンネルを抜けた気がした 

 


 
 天使の取り出したそのナイフは、どうやら投げナイフのようだ。その名の通り投げて戦うもので、普通に振り回すよりもリーチは長いだろう。投げたナイフは再利用でき、製造コストも安価なのでコストパフォーマンスに優れた飛び道具といえよう。

「・・・って、のんきに解説してる場合じゃねえな。」
 俺は技術力があるが、残念ながら人体をサイボーグ化するまでには至っていない。要するに俺は生身の人間であり、ここでナイフに刺されたら死ぬだろう。コメディやギャグだからといって『刺さっても平気ー』なんてことにはなりはしない。
「にしても投げナイフとは洒落てるな。銃とか剣じゃなくていいのか?」
「うるさい!あたし拳銃使えないんだよ!」
「音にビビるからか?」
「・・・うぅ・・・・・・」
 図星らしい。天使って神の使いとかそんなんだろう?銃声程度で怖気づいていたら話しにならんと思うのだが・・・
「ま、スローイングナイフならこっちも助かる。ライフルと違って、よけやすいからな。」
 幸い俺は動体視力がいい。友人の有馬がスポーツ万能タイプで野球をやっていて、俺は昔からそいつのキャッチボールに付き合わされていた。
 キャッチボールといっても奴が投手で俺が捕手という、実践みたいな形式だったが。故に飛んでくるボールを捕るために、動体視力が活性化された。女の投げるナイフくらい、簡単に捉えられるだろう。
「ふん、舐めていたいなら舐めてればいいよ。今にあたしの恐ろしさを思い知らせて、ここから追い出してやる。」
 そういえば、俺らは論争中にキッチンから広い大広間へ移動していたわけだが、いつの間にギャラリーが増えている。おそらくはこの屋敷の住人だろう。
 天使の言葉を後に、屋敷内は静まり返った。決闘にありがちな、戦闘前の静けさである。
 緊張感が頂点に達した。俺も天使も、相手がどう動くか、様子をうかがっているのだろう。

「それぃ!!」
 先制は天使のほうだった。女の投擲にしては速い速度で、ミサイルのごとく、まっすぐ俺に向かって飛んできた。天使は投げたあと、よくわからないモーションを繰り出したが、この時俺は気にかけなかった。
 投げナイフについては、確かに腕はいいようだ。だが、この程度ならば避けることは困難ではない。そう思い、俺は咄嗟に右に避けた。

 ・・・避けたはずだった。しかし、ナイフは俺の前髪をかすった。いや、正確には天使の投げたのは確実に避けたはずだ。しかし、俺に当たったのは、全く別方向から飛んできたものだった。
 天使が次のナイフを投擲する最中飛んできた方向を見るが、その方向は壁で、他の幽霊が投げたわけではなかった。
 次々に飛んでくるナイフ。元々身体能力が悪くはない俺はかろうじて避けられていた。『気配を消す装置』の弊害として、気配を感じやすくなる効果があり、それもナイフ避けに貢献していた。
 正体不明のナイフは天使が投げるナイフよりも威力は弱い。ただし一度でもクリティカルヒットすれば無傷ではすまないだろうし、それによって動きが止まれば天使からのナイフに刺され、ゲームオーバーだろう。
「ねえ、あなたを襲うそのナイフの正体、教えてあげようか?」
 天使がナイフを投げながら話しかけてきた。
「私が心を読めることは知ってるよね?」
「ああ、屋敷に来てまもなく・・・なっ!」
 動きながらしゃべるのって、意外ときついな。
「私には心を読む他にもう一つ、天使の能力があるのよ。それが、物体を自由に出現させ、動かす力だあっ!」
 


 
 天使というのは名の通り天の使いなわけだけど、それにふさわしい能力が天使に備わっている。
 元々世界はコンピュータのプログラムみたいな数字の羅列で定義されているんだけど、それを直接いじることによって自由に物体を操ったり出現させたりできる、これが謎のナイフの正体ね。
 ちなみに、奴が正面玄関から入ろうとした時、あたしが何かしらのものを投下して制裁を加えたけど、それもこの能力によるものだったりする。
 心を読む方については、その世界を定義する数字の羅列を読み取ることで行なっているんだけど、プロテクトがついていて読むのには苦労する。故に、回数多く使うことができない。
 心読みは今回、奴のトドメとして使えるだろう。避ける際の方向を読み取り、そこへ先回りしてナイフを投げれば簡単に仕留められる。     
 しかし、反射神経で避けるときはあまり効果は薄く、相手が大きなアクションを起こすときに使うのが有効だと思う。

「そろそろあなたから仕掛けてこないと、きついんじゃないですか?」
 大きな動作を起こさせるため、大きな声で煽る。これをやらずともいつかはあっちからなにか仕掛けてくるだろうけど、それはできるだけ早い方がいい。あたしだっていつまでも物体出現を続けるのは無理だからね。
 あたしは左手を頭に当て、思考透視を始めた。

 ―――次のナイフを右によけて、一気にあのドアまで駆け込もう―――

 なるほどねえ、一度攻撃の届かない場所へ逃げて、立て直す戦法か。確かにナイフの集中攻撃の最中、攻撃に転じるなんて無謀だしね。侵入者としては利口な判断ね。
 ―――まあ、できたらの話ですが。

 世界の羅列をいじり、奴の逃げ込もうとしたドアからナイフを発射する準備をした。走る先、正面からナイフが数十本も飛んできたらまず避けられまい。
「そろそろ俺もやばくなってきたねえ。ここらで攻撃に転じるか。」
 そう思わせておいて、あたしのスキをつこうという魂胆だろう。だが、心を読んできる時点で、その作戦は通じない!

 ―――今だっ!!!―――

 そんな思考を読み取った。あたしは奴自身を見る前に、物質出現のモーションをとった。こうすることで、労力を節約して物質操作ができる。すきが生じてしまうけれど、すぐに力尽きるよりはマシだ。
 狙った場所に、26のナイフが出現した。そして、勢い良く、奴に向かって発射した!
 あたし自身が投げるよりも少し遅いだけのそれは、かなりの威力で侵入者を襲いかかった―――はずだった。

「な・・・っ!?」
 奴はドアに向かって走っていなかった。それどころか全く別の方向へ向かっていたのだ。
 奴は、あたし自身に向かって走ってきていたのだ!
 攻撃が来る・・・!そう予測するのは、心を読まずとも容易なことだった。あたしはとっさにナイフを取り、直接奴に刺そうとした。

 ・・・それよりもはやく、あたしは奴に、小刀を突きつけられた。
「残念だったな。これは対幽霊・天使用に作った、特性の小刀だ。天使のお前でも刺されば死ぬ。」
 動くな・・・といわんばかりに、小刀を突きつけられた。無論、手に持ったナイフで反撃することはできなかった。
 負けである。天使のあたしが、人間に負けたのである。
 

  
「なんで・・・思考を読み取って行動を先読みしたのに・・・」
 天使は膝をつき、倒れた。俺に負けたのがかなりのショックで、立っていられなくなったのだろう。
 さて、勝負に勝ったことだし、ここらでネタばらしといくか。
「お前、俺が相手が心を読めると知っていて、なんの対策もしないと思うか?」
「あ・・・・・・・・・」
 こいつ・・・アホだな。
「つまりそういうことだ。ダミーの思考を相手に読ませ、本当の思考を隠す装置を使っていたってわけ。」
「・・・あっ!じゃああんたがあたしに宣戦布告した時の『あーバナナ食いたい。引越し先はバナナ楽園にしようかな』って!」
 あーあったなそんな黒歴史。
「そう、あれはその装置のテストだったってわけだ。もっとも、お前さんがそれを読んで、俺の小屋まで来るとは思っていなかったが。」
「くう・・・あたしの読み取ったのは嘘ではなかったと思ってたのに・・・ダミー装置ってそんなあ・・・」
 なんだろう、こいつ、俺の偽思考によって何かやらかしたのだろうか。

「・・・さて、今の戦闘については俺の勝ちだが、これでも屋敷を渡さんと?」
「ああ、そうじゃ。」
 なんかキタ。時計みたいな幽霊が来た。人の会話に割り込んできやがった。
「わしはここの長老のベンクロックじゃ。こいつがお前に屋敷を譲るといっても、わしが許さぬ。」
「ちょうろー、あたし屋敷譲るなんていってないよー」
「そうか・・・とにかく、ここはわしらの屋敷じゃ。お前さんには出て行ってもらわねばならぬ。」
 どうやら、『俺を倒してもまた、第2第3の敵が現れるまでだ』的な状態に陥る気がする。まだ買ったわけではないのね。

 ・・・あれ、待てよ?確かにこいつらは『屋敷は俺らのだ』『屋敷を傷つけるのは許さん』みたいなことを言ってきた。が、それは『俺がこいつらから屋敷を奪おうとしている』と思っているゆえの主張ではないのか?
 ―――試してみる勝ちはある。
「お前らは、この屋敷を譲る気はないんだな?」
「当然だっ!あたしたちはこの屋敷から出て行くもんか!」
「だったら、俺が''お前らの仲間として''ここに住むのはどうなんだ?」
「―――っ!」
「俺は一言も、こいつらに屋敷を譲れなんざ言っていない。そうだ、お前だってこの幽霊軍団に溶け込んでいるんだ。俺がこの輪の中に入るのだって、許されていいはずだ。違うか?」
「・・・え・・・じゃあ、あたしたちはここを出なくてもいいのか?」
「当然、むしろこんな山の中だしな。一人で暮らすのは寂しい。


                               ―――どうだ、俺を仲間に入れてくれないか?」


 
 怪奇現象と暮らす屋敷生活、面白そうじゃないか。
 


   この小説はフィクションです。
    
第9話に続く

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