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山中無軌条屋敷
Outrageous mansion in the mountains

  
 第1話 引越しと奇妙な新居



 人里から徒歩4時間、車やバイクでも30分はかかるであろう山の深く、ひとつの大きな豪邸があった。その屋敷は他人の手に渡っても、すぐに主がいなくなってしまうらしく、ここ1年は誰も買い手がつかなかった。
 そんな中、1人の購入者が現れた。それが俺、筑山幹人だった。
 工業高校、美術大学と一見不思議な経歴をたどり、技術屋と芸術家の二つの顔を持っている俺は現在、芸術活動と技術開発で生計を立てているのだが、高校時代から住んでいたアパートは狭く、何より周りの県道や工場の騒音がひどかった。そんななか、ひとつの情報が手元に入った。それが、誰も手に入れたがらない、例の山深くの屋敷の情報だった。
 購入資金として用意できる金銭はあまり多くなく、せいぜい田舎の一軒家を買う程度だった。にもかかわらず、余裕で足りてしまった。広い豪邸が田舎の一軒家と同じくらいの価格で買えてしまうのである。山奥とはいえ、疑わずにはいられなかった。
 「いくらなんでも安すぎる」、そう思ってはいたが、欲には抗えず、念入りな調査もせず俺はその屋敷を衝動買いしてしまった。いや、家は衝動買いするようなものでないことは十分わかっているけれど。



 購入から2日後、さっそく持ち物を新居に送る。一人暮らしだったが、美術用具や工具などなどが大量にあり、トラックへの積み込みにはかなりの時間を要した。
「まさか幹人が引っ越すとは思わなかったよ。寂しくなるなあ」
 そういってきたのは、友人の箱山有馬だ。
「おい、前々から引っ越したいって愚痴ってただろ」
「そうだっけ?」
 間の抜けた返事。有馬は多少抜けてるところがある。
「僕、最近物忘れ激しくてさ、昨日自分が何やってたかもあまり覚えてないんだよね」
「昨日の出来事くらい覚えてろよ」
 前言撤回。多少どころかほとんど抜けてる。
「大丈夫、4日前の朝に幹人が黒焦げになって部屋から出てきたのは覚えてる」
「待て、そのことは忘れろと言ったはずだ」
「あはは、わかってるって、幹人にとって、とっても恥ずかしい思い出だからね!」
「・・・先週、髪の毛を一瞬で脱毛させる化学兵器を開発したんだが―――」
「すいませんでした」
 有馬はいつも俺に絡んでくる。そのたびに、自分の作った発明品を脅しに使うわけだが、これが案外効く。
「ん?もうこんな時間か。はやく積み込み終わらせないとな」
「あ、手伝うよ」
「いやいい。お前が手伝うと1回に1回は問題起こすし」
「そこまで問題児じゃない!」
 たわいもない雑談を繰り広げる。そういえば、有馬と会うのもこれが最後になるんだよな。そう考えると、少し寂しい気が・・・・・・と思ったけど有馬のことだ。俺の引越し先がどこだか知ったら、高確率で遊びに来たりするだろうな。それだけはなんとしても阻止したい。
「そういえば、幹人の引越し先って何処――」
「さらば有馬、お前のことは忘れない」
「あっ!どこ行くの幹人っ、住所教えて!」
 こうして俺のこの町での最初で最後の町内1周マラソンが幕を開けた。さあ、厄介な馬鹿から逃げ回れ。



 くだらない駆けっこをやっていたら、いつの間にかトラックへの荷物搬入が終わっていた。
 新居に向けて出発したトラックを見送った後、近所の人に最後の挨拶をしてから、自分のバイクで住み慣れたアパートを後にした。
「幹人ー、住所教えてよー」
 有馬の声がどんどん小さくなっていく。幸か不幸か、俺と有馬はお互い携帯の番号とメールは知っている。いざとなれば連絡は取れるし、住所を話しておく必要もないだろう。少しかわいそうな気もするけど。
 さて、俺の新居についてだが、バイクで行くと大体2時間半かかる。使うのは下道のみで、高速道路は使わない。
 新居の場所は同県内なのだが、旧居からの距離は80kmはある。高速道路があれば1時間もかからないかもしれないが、あいにく俺の通るルートには高速道路がない。まあ、長時間下道を走るのもいいだろう。
 そんな考え事をしていたら、すでに出発から20分が経過していた。右折すると道は2車線から4車線のいかにも高規格な物に変わった。どうやらバイパスにはいったようだ。さて、かっ飛ばすか。



 出発から1時間半。くねくねした山道や2kmの長いトンネルなどを通り、このまま目的地まで山道かと思っていたら、急に市街地に突入した。ここまでも鉄道路線に沿って進んできたわけだけど、ここからはそれとは別の路線に沿って進むことになる。
 さらに30分走ると市街地は終わってしまい、鉄道線もここが終点のようだ。
 この先は目立った町がないので、ここが最後の町といっても過言ではなさそうだ。ここからまったく民家がないというわけではないが、買い物などはこの町で済ます事になりそうだ。
 さらにバイクで道の先へと走る。最後の町からしばらくは渓谷に沿って道が敷かれていて山に囲まれていたものの、山道というほどではなかったが、勾配緩和のためのループ線を越えた辺りから道の傾斜が激しくなってきた。どうやら道が山の中に入っていっているようだ。
 ダムの脇を通り、川に架かった橋を超えると、トンネルに入った。さっき通ったトンネルと長さは互角で、通り抜けるのには2分かかった。
 トンネルを出ると、もはや民家はほとんどなく、本格的な山道と化していた。
 さらに5分程度走ると、ちらと山の上のほうに建物が見えた。恐らくあそこが俺の新居だろう。しかしどこからあそこまで行けばいいのだろうか。そう思いながら道を進むと、国道の脇に山の上のほうへと消えていく少し狭い道を見つけた。ここから屋敷にいけるようだ。
 ―――それにしても引越しのトラック、ここ通れたのだろうか。
 1時間前に通ったであろう引越しトラックの心配をしながら、俺は屋敷に至る山道を登り始めた。九十九折になっていて、直線距離ではすぐ着ける筈なのに、屋敷までは思ったより時間がかかってしまった。
 3分程度走ったところで、急に視界が開けた。正面には小さな原っぱが広がり、その奥には城のような建物が佇んでいた。どうやら、これが俺の購入した鬼安の屋敷のようだ。購入前に写真で見たものの、改めて実物を見るとやはり印象が違くなってくる。見れば見るほどこの屋敷が一軒家を買える程度の金で買えたのが信じられない。
「・・・・・・・・・」
 驚きすぎて、言葉が出ない。いや、屋敷が壮大すぎて驚いているってのもあるけど―――
「・・・・・・・・・なんで荷物がビニールシートの上のポン置きされてんだ・・・」
 ―――俺は、引越し業者の奇行に驚いていた。
 いやまて、俺はしっかり引っ越し業者にこの屋敷の合鍵を渡し、「荷物は屋敷の大広間的な場所に置いといてくれ」と、頼んだ筈だ。      
 なのに、荷物は庭に、ビニールシートの上に、間違いなく存在する。これは手抜き以外の何物でもないだろう。
 普通の宅配業者さえ、最悪の場合でも荷物はポストへ突っ込んでくれるというのに。これでは荷物が盗まれるかもしれないじゃないか。
「ったく、こんなことになるなら、トラック借りて自分で荷物運ぶべきだった。もし、次引っ越すことになったら引越し業者なんて―――」
 そこまで言って、言葉が止まる。視線の先には、メモ書きと鍵のようなもの・・・いや、あれは明らかに屋敷の鍵・・・が、草の上においてあった。おいおい、前もって渡しておいた合鍵までポン置きかよ。
「本当、しょうもない引越し屋だな・・・」 
 そういいながら、鍵とメモを拾い上げる。さて、メモ書きにはなんて書いてあるだろうか。
 

「やしきの中こわい お家に帰る」
 

 ・・・・・・・・・なにがあった。
 手抜きの詫びの言葉かと思っていた分、内容の斜め上さに驚きを隠せない。そういえば、屋敷の購入時に不動産が気になることを言っていた覚えがある。たしか―――



「・・・・・・やはり広くて静かな場所の家は軒並み高い・・・か・・・・・・」
「そうですね。お客様の望まれているような物件は人気が高いですからね」
「くっ・・・今の俺の予算で買える、静かな家はせいぜいこの狭いアパートくらいか・・・広さは諦め―――」
「?どうしましたか、お客様」
「―――これは、明らかに広くて静かで安い家ではないか?何故紹介しなかったんだ?」
「そ、そそその物件ですか!?それは立地が不便なところでして!」
「いや、立地については気にしないと最初に言ったはずだが?」
「くっ・・・結構好みのタイプだからこれの餌食にはしたくないのにっ」
「なんか言ったか?」
「!?い、いいいいえ何も言っていませぬよよ!?」
「(何でこんなに動揺してんだ?)して、何故この家・・・というより屋敷を俺に紹介しなかったんだ?」
「・・・実はその物件は曰く付きのものでして・・・」
「イワクツキ?墓が近くにあるとか、そんなもんか?」
「いえ、たしかに墓とは近いのかもしれませんが・・・」
「?」
「・・・・・・その、怪奇現象が起きるんですよ・・・・・・・・・」



 ―――怪奇現象が起きる、よく聞く話だが、たかがそんなことでここまで値段が下がるのか、と、その時は考えていた。その怪奇現象のせいで取り壊しを邪魔されたりして、仕方なく売りに出しているとかも言ってたな。
 当時は「ただの噂」として聞き流したが、庭に放置された荷物、怖いと書かれたメモ、中に荷物を搬入せず帰ってしまった業者・・・場合によっては、「怪奇現象などありえない」という常識のようなものを撤回する必要があるかもしれない。
 ついでに、引越し業者に対する文句も場合によっては撤回することになるかもしれない。
 とにかく、真相を知るために俺は屋敷の中を探索することにした。


 怪奇現象の起きる幽霊屋敷、面白そうじゃないか。
 
 
   この小説はフィクションです。
    あと、実在の引越し業者は決して荷物を投げ出して帰ったりはしないのでご安心ください。

第2話に続く

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